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このブクロを通じて宇宙を網羅する基本法則を提示していきたい。

第十四章 トップダウン哲学とボトムアップ科学 [105]ボトムアップ・現実指向の科学とトップダウン・理想指向の哲学・宗教

[105]ボトムアップ・現実指向の科学とトップダウン・理想指向の哲学・宗教
[ニュートンの中では科学と宗教は統一されている]
◎「このいとも美しい太陽、惑星、すい星の体系は、智と力に満ちた自存者による計画と支配から生じうるものです」とニュートンはいう。
◎神(自存者)が創造された宇宙・自然を科学する。ニュートンの中ではみごとに科学と宗教は統一されている。神が創造して与えた時計をニュートンが無心に分解してまた復元し直す。
[科学は個々の出来事・事柄に共通する法則・事実・真理を見つけだす]
◎科学は個々の出来事・事柄を包括する法則・事実・真理を見つけだす(帰納する)というボトムアップ(法則によって事柄を束ねる)方式で真理の探究を行う。それ故、下位階層が持つ特性を把握することによって、科学論理は機械論・(自由意志を認めない)決定論還元論・因果論・原子論を持つ。
[科学は説明範囲を物質に限定する]
◎原子論は、物質が多数の粒子の集合であり、それによって物質の性質や現象を説明しようとする。還元論は、複雑多様な出来事・事柄を可能な限り分割して、取り出された最小単位・要素を寄せ集めた構成物として対象を基本法則に基づいて説明する。機械論は、あらゆる現象を機械的運動として捕らえ、因果法則に基づいて解明する、17世紀の科学革命によって確立した世界観である。
[第一の根本的原因を問うのが哲学]
◎「知恵ある者は強く、知識ある人は力増す」と聖書にある。
◎私たち(あらゆるもの)は情報がなければ身動き取れない。情報を多く持つ者ほど次の一手を打ちやすくなる。うろたえることなく振る舞える。地震や大きな災害でまず必要なのは正確な情報である。そういう点で知恵ある者は強く、知識ある人は力増すといえる。
◎カントは「人間とは何であるか」と第一の根本的性質(本姓)を問うのが哲学だという。
[There's nothing new under the Sun.]
◎私は「成長」という面で人間を知りたいとの気持ちから、何が人間を成長させるのか、どのように成長するのかを探し求めてきた。私の得た結論は、人間の成長と宇宙・自然の成長との原理は同じである。宇宙に張り巡らされた天網は一つだけである。使い分けはしない。これらはいずれも過去の先人達がすでにいってきた事柄であるが。
[哲学と科学は棲み分けをすべし]
◎哲学は科学が取り扱わない領域・階層を探索すべきだろう。科学は物質世界の解明を目指す。それ故、哲学は目的論・生気論的立場から精神、抽象的世界(心・愛・価値・意味など)に取り組む棲み分けがよいのではないだろうか。
[生命現象は生物に特有の原理(気・生命・霊魂)に基づくと生気論は見なす]
◎生気論は、生命現象は物理化学現象と全く異なり、生物に特有の原理(気・生命・霊魂)に基づくと見なす。
◎ドイツの動物学者・哲学者ドリーシュ(1867-1941)は、ウニの受精卵を分割してもそれそれから完全なウニの子どもが生まれることから、新生気論を展開する。生物体そのものは機械的な因果関係で統制されるが、本源として内的力エンテレキーを有するので自己制御し完成へと向かわせる自律性を持つ。
[手を持っているおかげで人間は思慮深くなった]
◎「人間は手を持つが故に、すべての動物の内で最も思慮深い」というアナクサゴラスに対して、アリストテレスは、「人間は動物の内で最も思慮深い故に、手を持っている」という。
[精神が主体でその実現手段として労働・技術・肉体を持つ]
◎手(=労働・技術・肉体)と思慮(=頭脳[思考・精神])。アナクサゴラスは手から精神へと至る科学(ボトムアップ)志向であり、アリストテレスは目的性・合目的性(トップダウン)によって出来事・事柄を解明しようとする、精神(初めに精神ありき)の実現手段として手があるとする哲学志向である。
[理想志向のプラトン・老・荘・キリスト・釈迦と現実志向のアリストテレス孔子]
アリストテレスは、理想志向的師プラトンの弟子で、現実志向である。これは理想志向の老子荘子に対する現実志向の孔子との関係に似る。理想を掲げてもそのままを一挙に実現させるのは不可能だから、如何に実現(社会化)するかを模索せざるを得ない。
◎これはキリストや釈迦にも当てはまる。二人は高い高い理想を示したが、弟子たちがそれを布教し具体化する方法を述べ歩いた。
[宗教の目的は個人内の統合と直観(霊性)の創発や神との合一・和解]
◎宗教、特に仏教の目的は統一・完成・悟りである。それは二段階で進む。成長は感覚→感情→知性(→理性)と階層を建て増し(厳密には内装し)ながら個人(合理思考)内の階層構造的統合を行う。
◎さらにそれを(人間から仏性開花へと)超越することで直観(智慧霊性)の創発が起こる。これは神との合一・和解である。下位部分を捨てるのではなく、下位の上に上位階層を建て増す。そして最後に最上階層に立つと、すべてが統一されて心に葛藤のない調和・均衡のとれた平和が訪れる。
[個人内統合から世界統合へ]
◎個人内に平和が訪れると、それを、個人内→個人間→国内の統一→国家間の統一(平和・調和)へとどんどんと広げてゆく。その内で個人内統合を小乗仏教と呼び、世界統一を大乗仏教と呼ぶ。これはイエスとして死んで、キリストとして蘇る。自我(部分)として死んで、自己(全体)として蘇る。自我の階層から自己の階層へと飛躍する。
[科学→哲学→宗教と階層によって原理が異なる]
◎宇宙は階層構造を成すので、科学(物質世界・感性)→哲学(精神世界・知性・理性)→宗教(霊的世界・直観)と階層によって原理(受信方法)が異なっても当然だろう。科学はコップ半分の知識であるが、今や科学万能主義に陥る、科学の横暴・暴走・帝国主義(侵略的領土拡大)である。
[哲学・宗教は科学の道先案内人となるべきでは]
◎科学は現実を腑分けしてそれをできるだけ忠実に記述する面において優れる。哲学と宗教は理想・真理を究めてそれを実現させる筋道(目的論)を掲げるべきだろう、釈迦が最終地点(無上正等覚)とそこへ至る道(八正道)を説いたように。
◎科学は目的地(目指す方向)を持たないので、気がついたらとんでもないところに行き着いたということが大いにあり得る。すでにその方向にどんどん進行中の可能性大である。哲学と宗教は科学の道先案内人(先達)となるべきだろう。
[哲学・宗教は科学に対して、拮抗し相補関係に立ち矛盾的自己同一として位置せよ]
◎目的論を掲げることは科学の迷走・暴走を食い止めて、導きの手となる。科学が万能視され、極端へと走る今の時代において拮抗力としての哲学・宗教が要請される。ボトムアップ科学に対して、トップダウン哲学・宗教が拮抗し、相補関係に立ち、矛盾的自己同一として位置することが。