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第十四章 トップダウン哲学とボトムアップ科学 [106]停滞から成長へとかじを取らせるカウンセリング・心理療法・精神療法

[106]停滞から成長へとかじを取らせるカウンセリング・心理療法・精神療法
[良き聞き手は受容的態度と共鳴・共振・共感的理解を示す]
アメリカの心理学者ロージャズは、心理療法によって来談者が好転するために必要な治療者側の態度として、治療者自身の自己一致(自己統合)、来談者への無条件の肯定的関心(心を閉ざす恐怖心を溶かす暖かい開かれた受容)、的確な共感的理解(明鏡止水)をあげた。
[共感的理解は安心感によって自由な発言をうながす]
◎カウンセラー(聞き手・指導者)は、相手に対して、ドラエモンのポケットのような何でも入れておける受容的態度と、音叉がするように共鳴・共振・共感的理解とによって接する。そうすると、相手は何でも受け入れてもらえる、拒否されない安心感から心の内部にあるどろどろとした暗部・暗闇を自由に発言・発信し、それによって感情が解放され、暗闇(無意識)に光(意識)が射し込まれる、天地創造のように。
[受容的態度は相手の心を開かせる]
◎しかしながら、受容的態度を示すと、依存心を怒涛の如く聞き手に向けて来る者がいるので、その場合忍耐力たるやすごいものを要求され、包容力が試される。包容し切れなくて刀で切って返すと関係も同時に切ってしまう。耐えにぞ耐えしで我慢していると爆発寸前の事件をきっかけに新たな段階へと進むことも多い。
[自他未分化の共感と自他分化の同情]
◎相手の生の感情が伝わる自他未分化(無心)の共感と、自他分化(自我から発する)の「私はあなたをかわいそうだと思う」の同情とがある。そうなれば、同情する私と同情されるあなたの間には深くて暗い溝が厳然として横たわる。
[かわいそうなあなたとそれに上から同情する私]
◎「かわいそうに」の同情から、あるイメージが浮かぶ。時は原始時代で、ある男がライオンに追われている。それを安全な崖の上から見下ろす別の男が、「ああ、かわいそうに」と胸をなで下ろしながらつぶやく。
[同情は反発を誘発する可能性もある]
◎苦しむ人への同情「かわいそうに」はともすれば心に突き刺さる矢である。キューピッドからの矢なら大歓迎なのだが。その言葉を聞けば、「私は今同情される惨めな状況にある」との再確認を迫られ、さらにのぞき込まれ見下ろされる視線をも感じてしまう。
◎それ故に、「あなたなんかに私の気持ちが分かってたまるもんですか」との自我的反発も返って来る。差し出そうとしたかもしれない協同原理が背後に追いやられ競争原理がしゃしゃり出る。
[同情は感情を言葉に置き換える前頭連合野と自他分化の自我が顔を出す]
◎共感は大太鼓の振動が直に(媒介なしに)体に伝わる、音が鼓膜を振るわせるように。似たような体験をすれば、扁桃体からその過去の体験が生き生きと蘇る。前頭連合野はそれを言葉に置き換るが、その時自我が顔を出せば、共感に代わって自他分化の「かわいそうに」の同情となる。
[カウンセリングはエネルギー(エス)→感情→イメージ→言葉の階層を昇華させる]
◎わけの分からない、もやもやした情動(エス・イド)を、形の伴うイメージとして具体化して表現する。混沌のエネルギーに形を与える。問題に名前を付ける、言語化する。それができれば、感情は薄れてゆく。階層を上げることによって意識は了解しやすくなる。
[感情は上昇すれば言葉となり下降すれば行動となる]
◎消化(昇華)できないものは吐き出さざるを得ない、吸収できないものは排出させなければならない。どろどろとしたエネルギー(エス)が感情→イメージ→言葉の階層を登れないならば。エネルギーが感情が、上昇して言葉化されるか、下降して行動化されるか。
[カウンセリングは受容性を示しながら相手の世界に同席して一緒に居続ける]
◎カウンセリングの基本姿勢は、相手の世界に同席して、そこに一緒に居続ける、受動性・包容性・受容性を示しながら。人は誰でも自分自身の問題を自分で解決しどの道を進むべきかを自ら決定する潜在的可能性を秘める。ただ自分自身の問題が何かを知らないだけである。
[自分の経験を養分にして自分を再構成する]
◎草花に水や肥料を与えるように、温かく見守るという条件さえ与えられれば、人は皆自分の経験(あらゆるものを秘める土壌)を、自我というゆがんだ眼鏡(固定された視点)を外して、ありのままに受け取り・見つめて、そこから養分を吸い上げて真の自分を作り上げてゆく・再構成(脱構築)する・自己実現を目指す。
[人間は自我を消し去ると自在になる]
◎草木は自我(後天的知識)という邪魔物がないので、バラはバラに、スミレはスミレに育ってゆく。逆に草木は自我(特殊化をもたらす先天的知識)があるので、バラはバラに、スミレはスミレに成るともいえるが。
◎人間は自我(固定的視点)を消し去ると、バラにもスミレにもライオンにもネズミにも自在になれる、ゴキブリは遠慮したいが。
[聞き手は話し手の過去に起きた不快な感情を伴う再体験・追体験を共にする]
◎聞き手は話し手の内界(心の世界)に共感しつつも一段上位の階層から眺める視点をも維持することで、それを明確化(意識化・自覚化・言語化)する。相手を映し出す鏡となる。話し手は自由な自己表現によって緊張・ストレスを解消すると同時に、潜在していた葛藤を顕在化(これが嵐を呼ぶのだが)し、コンプレックスの解消につながる、過去に起きた不快な感情を伴う再体験・追体験をする。
[自分の心と距離を置いてありのままに見つめ洞察する]
◎そのような再体験が堅い(いやな自分を受け入れようとはしなかった)自我の少しずつの解消(壁の崩壊)をもたらし強い分別(いやな部分の切り離し)が薄れてゆき、自分の心の動きをありのままに洞察する、外界(現実世界・環境)と内界とに開かれた(門戸開放した)バランスのとれた認識(止揚した視点)を獲得する。これは寛容である。
[受け入れ(門戸開放・和解・あるがまま)は変容・成長へとつながる]
精神分析中だけでなく、ほとんどどんな状況であっても、話し手は幼児期(とは限らないが)に獲得した人間関係(無意識化した下位機能)を聞き手との間に持ち込む。その態度を解釈(明確化)→抵抗(防衛・鎖国・拒絶)→受け入れ(門戸開放・和解・あるがまま)とたどることによって固定(現状維持)から変容・成長へと至る。なお、無意識的態度の自覚(意識化)は、「解釈の受け入れ」行為である。
[心理療法は患者の下位階層から出される情報を上位階層にフィードバックする]
心理療法は、話し手の下位(無意識)階層から発信される情報をその人の上位(意識)階層にフィードバックする。話し手自身は自分の下位からの情報に無知である、無知だからこそ患者でいるともいえるが。
◎自分の内部間での意思疎通、血液の良好的循環、鼻づまりの解消、水道管の目詰まり清掃が必要である。これは個人だけでなく組織・システム・構造が常に心せねばならない課題である。長生きするには循環器系統の流通の良さを保ちましょう。
[昔は宗教が心理療法を担当した]
◎昔は宗教が心理療法を担当した、というより生活全般を取り仕切った。自分の犯した罪を神仏・他人に告白し、悔い改め、罪の赦しを求める。悪を心に貯めるのは体に良くない。アク抜きをしましょう。しかし今仏教は死者専門であり、死者には念仏がありがたいかも知れないが、生き仏には念仏よりもお坊さん自身による面談の方が有益なのではないだろうか。とはいえ、それは生計にはつながりにくいが。家庭を持つと、我慢我慢の自我マンにならざるを得ない。
[重苦しい罪責感を持つ者にとって処罰が罪責感を帳消しにする]
◎重苦しい罪責感(心の重し)を持つ者にとって軽微の犯罪行為は救いになる、その後に来る処罰によって罪責感が帳消しになるから。悪いことをした子どもたちの中には、自分への罰を与えて欲しいかのように、人目につくイタズラをして罰を受ける。それを受けた後では平静で幸福な気分になる。
◎他人様の心の中にある重石を取り除くのを仏教者の家業にしては如何だろうか。昔はそれが本業であったように思うが。
[重い荷物を背負い続けるのは拷問に等しい]
◎重い荷物を背負い続けるのは拷問の如しである。イソップのように着実に減り続ける荷物(答えは弁当)なら別だが。江戸幕府初代将軍徳川家康(1542-1616)のいうように、「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し」ならば、早く降ろしたい、老いの肩に重荷は辛かろう。
[重い荷物が人を犯罪へと走らせる]
◎自分の心の中に持つ重い荷物・重石(どろどろした感情)を放火・動物虐待・いじめ・通り魔・殺人などの形で吐き出し・排出する犯罪者が増加している。しかも彼らに罪悪感が希薄だと思える。
[前頭連合野から罪悪感が生まれ、罰を願い、それがかなうと心が平静になる]
◎罪悪感は自分がした行為を上位(精神分析超自我という)から眺めることによって生まれる。この感情が生じる場所は前頭連合野である。罪悪感は前頭連合野から生まれ出る。そこから罰を願い、それがかなうと心が平静になれる(均衡に戻る)。しかし行動化するのはそれの抑制力が弱いことの証である。
[重大な秘密・問題・旧弊を告発して組織を浄化する内部告発]
◎そのような自罰とはいくぶん趣が違うが(内部に持つ悪を外部に通報・暴露する)内部告発がある。問題を外部に通報して内部の重大な秘密・問題を外部にさらす内部告発は旧弊を洗い流す・浄化する点で必要悪である。これは各自の心の内部でも行うべきである、個人無意識内にある重大な秘密・問題・旧弊を意識に告発して洗い流す・浄化する内部告発を。
[問題解決には上位機能・機関が必要である]
◎集団内で行われる悪事に対して罪悪感・罪責感を持たない、組織がすべての(さらなる上位階層を持たない)昔的な上司(会社人間)に対して内部告発によって浄化するのも一つの解決策だろう。
家庭内暴力児童虐待に対して(上位機関に訴える)外部告発することも必要な時代となった、集団内で解決不能だと見なすならば。学校内でも同じことがいえる。「内部の恥を外部にさらすな」(組織維持最優先)の時代は終わった。組織の解倒的出直しも必要な場合がある。社会的使命を自覚して目をより大きくより高くかかげよう。